「過ぎる時間・重なる思い」
「矢射子先輩?」
「あれっ? 佐渡さん?」
平日の午後8時頃。
逢魔市内の銭湯の湯船で、あいすと矢射子が偶然顔を合わせた。
この時間帯の銭湯はそれなりに人もいるが、若い女性は少ないようで目立っている。
その、少ないうちの若い女性の1人――矢射子が、脱衣所から風呂場へのドアをスパァンと勢い良く開け、ドスドスと乱暴にお風呂場に入り、バシャバシャと勢い良くかけ湯をして、眉間に皺を寄せたまま湯船に滑り込んだ先にあいすがいた、という訳だ。
1人でイライラしていたところを予想外にあいすに見られてしまい、とても気まずいが今更どこかに移動するのもわざとらしい。
湯船で向かい合うもどうかと思ったので、矢射子はあいすの隣…と言っても、1mくらい離れたところに、あいすと同じ方向を向いて座る事にした。
はー… 気持ち良い… この開放感は自宅じゃ味わえないわよね〜
湯煙が昇る中、広い湯船に浸かって深呼吸をすると、さっきまでイライラしていた気分が少し落ち着いて来た。
自宅のお風呂も好きだけど、時々は銭湯もアリかな、と思う。
周りのお湯を時々かき混ぜ、体がお湯の温度に馴染んできたところで、ふと 雪人の間界人にはこの温度って大丈夫なのかな?との疑問が沸いて来て、黙ったままというのも気まずいし…と、あいすに声をかけてみる事にした。
「…佐渡さんは…銭湯によく来るの?」
「時々。 広いお風呂って好きなの。」
よく考えたらスキー旅行の時もお風呂に入っていたし、多分大丈夫なのだろう。
それに『広いお風呂が好き』という点が自分と同じだと気付くと、雪人も人間もこういう部分は同じなのね、と妙に親近感も沸いて来たところに、
「矢射子先輩は?」
と、今度はあいすの方から質問が来た。
「ウチは今日からお風呂をリフォーム中で、しばらく銭湯通いしないとダメなの。」
「ふうん…」
あいすはもう髪を洗っていたようで、濡れていつもより長く見える髪の先からは 時々雫がお湯に落ちる。
一方 矢射子の方は、かけ湯をして浸かっただけなので髪は一まとめにして上げているからまだ濡れてはいない。
「佐渡さん、明日はどうするの?」
「明日って? …ああ、例のアレね。」
明日はドキ高の卒業式の日である。 しかし、ドキ高に限っては真のメインイベントはその後のラブデスの方である事は間違いない。
「サクラで参加して欲しいと言われてるけど… 太臓がいる間は、あの行事は中止するべきだと思うわ。」
明日の騒動が予想される為か、あいすは少し不機嫌な顔になった。 それと同時に、周囲の気温も少し下がったように思える。
「そ、そうかな……」
でも、ラブデスって、バレンタインも上手く行かなかったのに卒業したらもう後が無い!って人にとっては最後の希望で…中止になったらそっちの方が暴動が起きるんじゃないかと思うんだけど…
あいすは、自分の言葉を聞いて黙ってしまった矢射子にちらっと目をやると声をかけた。
「…宏海が参加するかどうか、気になるの?」
イライラしていた原因はそこにあるのかしらね? とでも言いたげな視線のオマケ付きだ。
「…悠に脅されてるから『捜す側』で参加するけど、見付けたリボンは全部太臓に渡すから、と言われたわ。」
そう言うと、矢射子は口元までお湯に浸かって、湯船の中で膝を抱えて座り直してしまった。